「IVSは人生の加速装置」…Growth Teamのリーダーが語る、熱狂と進化の舞台裏

●この記事のポイント
①「IVS 2025」は過去最大となる1万3000人超の来場者を記録し、スタートアップ業界の熱気を示すイベントとなった。このイベントの成功を裏側で支えたキーパーソンの一人が、Growth Teamのリーダーである中村大睦氏である。
②中村氏は、IVSを「起業家と投資家のため」の場から、「スタートアップに関わるあらゆる人のためのマーケット」へと進化させ、「人生の加速装置」として機能するようイベントの設計を改革した。
③具体的には、来場者が目的の人物に効率的に出会えるよう、イベント会場の導線を再設計したり、展示会とは異なる「スタートアップマーケット」という新しい試みを導入したりした。
2025年7月、京都で開催された日本最大規模のスタートアップカンファレンス「IVS2025」は、来場者が過去最大の1万3000人を突破し、スタートアップエコシステムの“熱”を象徴する場となりました。
だが、この“熱狂”の舞台裏を誰がどのように支えていたのか、知る人は少ない。IVSでGrowth Teamを率いた中村大睦(だいむ)氏は、そのキーパーソンの一人だ。
医療学科で学んだものの、より広い世界への憧れからスタートアップの世界へと飛び込んだ異色の存在。人生そのものを「人生ゲームのよう」と捉える彼が語るIVSの裏側には、熱狂の理由と、その仕掛けのすべてが詰まっていた。
目次
- 「17歳で選んだ道と21歳で見る社会は違った」
- 「少し手伝って」が、人生を変えた
- スタートアップ界の“お祭り”はこうして拡張した
- 展示会じゃない、「スタートアップマーケット」の正体
- 人生を変える“フィルタリング”の場に
- 陰キャでも、実行委員になれる
- 「Growth」という名の意味
- 「目的を明確に持って来てください」
「17歳で選んだ道と21歳で見る社会は違った」
中村氏のキャリアは一風変わっている。大学では医療学科を専攻していたが、社会に出る頃には違う世界への関心が芽生えていたという。
「そもそも人生は『人生ゲーム』のようなもので、思いもよらない選択肢が突然、目の前に提示される。17歳で選んだ学科と21歳で見る社会の見え方は全く違うんです。医療職か、営業か、マーケティングか、エンジニアか、自分が何に向いているかもわからない。それなら決めつけすぎず、もっと広い世界を見てみようと思ったんです」
中村氏が選んだのは、スタジオ運営からアプリ開発までを手掛けるヘルスケア企業だった。彼はここで8年間、現場業務からマーケティングまでを経験した。
「結局どれだけ楽しみ、そこに意味づけられるかが大切」という当時の価値観は、現在のIVS運営にも通じると中村氏は振り返る。
「少し手伝って」が、人生を変えた
IVSとの出会いは、意外にも「頼まれごと」から始まった。2023年、ヘルスケア企業時代の先輩であり、Headline AsiaでIVSの運営を担う今井遵氏から「ちょっと手伝ってほしい」と声がかかる。転職を考えていたタイミングもあり、興味半分で手伝いはじめたのがすべての始まりだった。
「性格的に、気になったことを放っておけないんです。チケット販売の予測から、ウェブ制作サポート、プレスリリースまで、自分が力になれそうなことを全部手伝っていたら、いつの間にか“Growth”というポジションができていた(笑)」
もともと「IVSなんて雲の上の存在」と感じていた中村氏にとって、「自分の力が必要とされる」こと自体が驚きだったという。運営チームの熱意に引っ張られ、気づけば受付の全責任も担うまでに。そこで得たのは、スキルだけでなく、価値観そのものの変化だった。
スタートアップ界の“お祭り”はこうして拡張した

IVS2022 NAHA時の約2000人規模から、2023年のIVS2023 KYOTOでは1万人超へと来場者数を伸ばしたIVS。中村氏が関わり始めたこの3年間で、イベントは大きく様変わりした。
「起業家と投資家のための場から、スタートアップに関わるあらゆる人のための“マーケット”に変わったと感じています」
IVS2023 KYOTOでは、招待制からオープン制へ移行したばかりで、参加者には戸惑いも見られた。「誰と会えばいいのか」「どう動けばいいのか」といった声が多かったという。IVS2024 KYOTOでは参加人数のさらなる増加に伴い、「会うべき人に会えない」「話すきっかけが難しい」という声も見られた。
だが、そこからの学びを踏まえ、IVS2025では「テーマゾーン制」や「Central Park」といった導線を設計し直し、効率よく“会いたい人に会える”構造を整えた。
その結果、IVSは「リード獲得」「採用」「資金調達」など、3日間でビジネスのあらゆる面で実利が得られる“加速装置”となった。
展示会じゃない、「スタートアップマーケット」の正体
中村氏が特に印象に残っているのが、「スタートアップマーケット」という新たな試みだ。
3日間で出展企業を入れ替え、投資家がリードするツアー形式で巡る――。単なる展示会に見せないための仕掛けが詰まっていた。
「最初はIVSの代表である島川がなにを言っているのか、わからなかった(笑)。でも、結果として“営業っぽくないのに深く話せる場”になっていて、メディアからも評価されました。島川のアイデアが光っていましたね。そして、それを実現したIVS Startup Market Teamもすごい。
最先端のスタートアップが一堂に集い、『なぜ注目を集めているのか?』を投資家が語る。エンタメ性のあるコンセプトにより、IVSらしい『偶然出会い、自然と話すきっかけが生まれるスタートアップ市場』ができたんだと思います」
SNSでは「いかがわしい」「いい意味で狂っている」との表現が話題になったが、それすらも「IVSらしさ」だと中村氏は笑う。
「“狂っている”って、つまり全員が全力でぶつかり合う熱狂のことだと思っていて、日本の他のカンファレンスではあまり見られない光景だと思いますよ。それだけ高い熱量でIVSに参加していただく皆さまに感謝です」
人生を変える“フィルタリング”の場に

中村氏はIVSを「フィルタリングの場」とも語る。特に印象的だったのは、アンケートやSNSでIVS後に寄せられる声だ。
「参加者の中には、同年代や他社のレベルを見て自信を失う人もいます。『自分はまだまだ』と。私もそのひとりですが…でもそれって、遅かれ早かれ、どこかで必ず直面する壁なんですよね。たとえ青い炎に火がついたとしても、むしろIVSがその反骨心の“きっかけ”になるなら、それも価値です」
一方で、事前にサイドイベントを企画して「これをやりたい」と言ってくれる参加者の声は、中村氏にとって最大のモチベーションだ。
「『このサイドイベントで盛り上がりましょう』と我々と同じ熱量でイベントを企画してくれる人がいる。同じ熱量かそれ以上でIVSに関わろうとしてくれる方々に支えてもらってますね」
陰キャでも、実行委員になれる
「自分は根っからの陰キャ。初対面の人に話しかけるのはとてつもないパワーがいる」と認識する中村氏だが、IVSという場が彼にとって「企画を通して、素敵な人と出会えるきっかけ」を提供してくれるという。
「普通の仕事だと関わることのない人たちと、年間を通してがっつり一緒に走れる。それだけで財産ですし、信頼や愛着が自然と生まれます」
実行委員としてIVSに関わることのメリットは、「最先端の情報がリアルタイムで入る」ことだと中村氏は語る。どのような技術や市場に人材や資金が集まっているのか、有望な投資家や大きく成長が期待される企業との接点。こうした貴重な情報が“内側”にはゴロゴロ転がっているのだ。
「Growth」という名の意味
中村氏は自身の役職に「Marketing」ではなく「Growth」と名付けた。その理由をこう語る。
「これは個人的な言葉の解釈になりますが……、『マーケティング』はより成熟した市場に対して用いる言葉だと感じています。カンファレンスを『市場』として捉えた場合、IVSは、まったくPMF(Product Market Fit)していないプロダクトです。こうした未成熟な市場では、既存の手法より実験と学習を重視する『Growth』という言葉のほうが適していると考えています」
実際、限られた予算の中でOKRを設定し、可能な限りデータドリブンな施策で事業成長を実現する戦略的な立ち位置にあることも、「Growth」と名付けた理由だという。
チケット販売が、直前で急激に伸びる傾向があることから、それまでの施策や、SNS上での波の作り方にも注力した。
海外カンファレンスのように、参加者が事前にスケジュールを組んだ状態で参加できるよう、年間のタイムラインを見直したいと中村氏は展望を語る。
「目的を明確に持って来てください」

最後に、これからのIVSに向けて中村氏はこうメッセージを送る。
「IVSは、なんとなく盛り上がっているから社会見学的に一度、参加しようという姿勢では、何も実利は得られません。でも、目的を持って参加すれば、間違いなく人生が変わる3日間になります。自分が何を得たいのか、そこを明確にして飛び込んでほしいです。IVSにはそれをサポートする環境があります」
熱狂を仕掛ける側として、冷静に「加速装置」としての機能を捉える一方で、IVSを「人生ゲーム」と楽しんでいる中村氏。その二面性こそが、IVSを唯一無二のカンファレンスへと進化させている要因なのかもしれない。
(文=UNICORN JOURNAL編集部)











